がんばれ起業家

東京都が2年前に丸の内に開設した創業支援施設「STARTUP HUB東京/SHT」で開設時から務めてきた起業コンシェルジュを3月の任期で退任しました。

起業アイデアをブラッシュアップしたい方や、そもそも起業すべきか悩んでいる方など300人近い相談者と毎週1回お会いして来ましたが、ボクは「起業とは人生そのものだ」と考えているので、できるだけ相談者の人生に寄り添うつもりで話を聞き、アドバイスをして来ました。時には起業を思いとどまるよう伝えたこともあります。また、安易な気持ちで起業を考えている若者を叱咤激励したこともあります。ほとんど「人生相談」としか言えないような濃密な時間になったことも数知れず、涙を流しながらボクの話に聞き入って下さった方もいらっしゃいました。ボクがそんな方々の人生に少しでも影響を与えること出来たとしたら本望です。

ボクはこの仕事を通じて、自分の新たな可能性に気付きました。これまでのボクの業務スタイルは、まずインタヴューや資料集めをして、時間をかけてその分析を進めてから最終結論を出すというパターンが多かったのですが、1日に最大4人とは言え一人40分間という限られた時間の中で相談者にアドバイスをするためには、相手の話を聞いたら瞬時に自分の知識を総動員し、或いは過去の経験と照らし合わせる作業を行わなければなりません。それこそ脳ミソが煮えたぎるくらい頭の中をフル回転させる必要があります。過去のボクはそんな作業に苦手意識がありましたが、やってみれば案外何とかなるのもです。事業アイデアの壁打ちのようなやり取りにも難なく対応することができました。これは自分自身にとって新鮮な驚きであり収穫でした。60歳を前にして自分自身の新たな可能性に気付かせてもらい成長させてもらったSHTには心から感謝しています。今回は起業コンシェルジュを辞めることにしましたが、機会があればまたやってみたい仕事です。

様々な相談の中で特にボクの関心を惹いたのは、飲食店や美容室を開業したいとか、これまで身に着けた職人の技術で独立したいなど急成長や規模を求めない「スモールビジネス」を目指す起業家です。そういう方達は自分の人生と起業がほぼ同じ線の上に乗っています。人生が掛かった真剣勝負なので、他人の評価にはあまり関心がなく、自分で納得できる形での成功を目指すのが特徴です。そういう方達は往々にしてこれまでの人生で苦労してきた方が多いので、他人に優しくできます。ボクはできるだけそういう方達に寄り添いたいと考えてコンシェルジュの仕事を続けてきました。

一方、社会に大きな影響力を与えるような事業を目指す方を「スタートアップ」と呼びます。そういう起業家の中には、本当に世の中を変えてくれそうな志の高い方もたくさんいらっしゃいましたが、中にはビジネスプランコンテストでの上位入賞やエンジェルからの出資を勝ち取ることが目的化している(つまり事業の成功ではなく他人から評価されたい)方がおり、違和感を覚えたことがありました。また、そういう方は往々にして他人への配慮ができない自分勝手な振舞いが目立ったようにも思います。ボクは7年前に起業した際にまず企業理念を創りましたが、その一番最初に掲げたのが「私は人間性と収益性の折り合いをつけることができる企業家をサポートします。」という一文です。そんな自分の理念とのギャップを感じる方が何人かいらしたことは個人的には残念なことでした。

これから起業を目指す方には、是非純粋な気持ちで自分の目指すべき道を歩んでいただきたいと思いますし、その事業が社会の中でどのような役割を担うのかについても思いを巡らせていただきたいと願います。